会長挨拶

第27回 日本臨床リウマチ学会 会長:塩沢 俊一(九州大学病院別府病院 内科 教授)

膠原病学の最近の進歩には目を見張るものがあります。日本臨床リウマチ学会は当初、恩師の広畑和志教授と七川歓次教授、田中清介教授、河北成一教授方が創始された近畿リウマチ研究会が、関西リウマチ学会をへて今日に至っている学会です。本学会が、新らたな疾患概念、診断・治療法の開発の下に、定量性ある真の科学の時代を迎えようとしている今、私が学会長を務めさせて頂くのは、学会の経緯からも、誠に光栄です。

私も、難治の患者さんのなぐさめとなり病因を究明する医師になりたいと願った小学生の頃から星霜を重ね早や還暦を超えました。私は医学生の頃、図書館で出会った名古屋大学総長・故勝沼精三編内科学を読んで深く感動し、夏休みに名古屋大学図書館に先生の事績を訪ね、先生の随筆「桂堂夜話」を全頁コピーさせて頂き、その本は今も私の座右の書であります。腹壁の硬い患者さんは風呂上りに触診するとか、旅行中の不意の診療依頼に備えて耳でする直接の聴診とか、筋委縮性側索硬化症の末期に患者さんの意思を家族へ伝える医師の役目とか、枕の高さの変化で随分と療養の気分が変わるとか、先生は常に「患者から学ぶ」姿勢を堅持され、回診は衣服を正し辞儀をして病室に入られました。春風駘蕩の先生は、浄土真宗の篤信家で、内に厳しく、日夜を分かたぬ勉強から、勝沼門下は気違いとまで云われたとのことです。私は勝沼先生を生涯の目標に、驥尾に付して勉強してまいりました。そんな訳で、敬愛する勝沼先生のお写真を、ご親戚で令名高い勝沼信彦徳島大学名誉教授のご許可を得て、表紙とさせていただきました。

人はその生涯に、高い目標を樹て、これを乗り越えようと努力するべきです。高い壁を前に迷い悩む中でひとは強さを掴みます。先日パリ大学で講義の折、シャルコー先生の旧居と病院を訪ねました。先生は世間から見捨てられた者達が収容されていたサル・ペトルリエール病院(大学病院ではなかった)に一内科医長として赴任し、診療を通じて多発性硬化症など幾多の疾患を発見され、その綺羅星の如き功績により、先生のためにその晩年パリ大学に神経内科学講座が新設されたと聞きます。全ての功業は困難の中にあります。ローマのハンニバルの戦い然り、わが国の伊能忠孝や北里柴三郎の功業然り、忍耐と努力はあらゆる運命の開拓者です。

学会は学問の鍛錬の場です。その中では、「よく学びよく遊べ」ということが大切で、日々診療にお忙しい先生はリラックスして勉強して下さい。臨床に不慣れな医学者も遠慮せず、堂々と臆することなく学んで欲しいと思います。学会のプログラムは私の日本リウマチ学会と同様、教育講演等はその道の権威の先生にお願いしましたが、基本姿勢としては私自らの意志を優先しないで、応募演題の中からこそ宝石を見つける、そんな学会を考えています。この度の学会が、先生方が病める友の杖となり、疾患を発見し、新薬を開発し、わが国と世界をリードする有益なお仕事をされる端緒となることを願っております。

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